台北に暮らす非リア充の戯言

台北に割と長い間暮らす日本人。中国語はちょっと話せるレベル。香港に恋い焦がれ、広東語学習中。

香港に恋い焦がれるきょうこの頃

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タイトルの通り、ここ数年、香港に恋い焦がれ、年に3〜4回訪港を繰り返しています。基本的には金曜日と月曜日に有休を取って、3泊4日の小旅行をするのですが、たまに日本や東南アジアに行く際も、わざわざ香港でトランジットをして、往路か復路に香港で1泊するということをやっています。台北から日本へ行く際にもわざわざ香港を経由するという行為に台湾の友人はおろか、香港の友人にも白眼を剥かれる始末なのですが、楽しくて仕方ありません。

【香港は「今」が楽しい】

なぜ僕が香港に強い興味を持つのか。もともと中国語を学び始めるきっかけが、香港を中心に活動していた中国人歌手、フェイ・ウォンだったことは以前お話ししているのですが、最近の香港ブームの理由はちょっと違います。じゃあなんなのかというと、最近、香港人の香港に対する思いが以前とは変わり、郷土愛が深まっているような印象を受けるからです。

具体的な時期でいうと、台湾の誠品書店が銅羅湾に進出(2012年)したり、雨傘革命が起きた(2014年)ころ。ちょうど中国からの観光客により、香港の小売店などでは紙おむつや粉ミルクが買い占められて品薄となり、社会問題になっていた時期と重なります。個人的な感覚なのですが、返還前には50年間変わることがないと言っていた一国二制度がじわりじわりと中国に有利な方向へ動き出す一方で、香港の人々が「香港らしさ」を打ち出して、中国や台湾とは違う香港アイデンティティを創り出そうとする雰囲気が感じられるようになりました。

僕が初めて訪港したのは中国返還から9年が経過した2006年なのですが、その時に見た、香港に暮らす人や社会が中国返還という時代の流れに必死でついていこうとする姿と明確に違っているのです。

【 台湾をお手本に躍進する「香港らしさ」】

実は、このような変化は香港よりも前に、台湾で見ていた記憶があります。蒋経国総統の時代まで中国との関係は「不接觸、不談判、不妥協」(接触せず、交渉せず、妥協せず)」「三不政策」を貫いていました。ただ、李登輝政権時代になると民主化と経済発展を受け、中国の存在を見過ごすわけにもいかず、少しずつ交流が始まります。陳水扁政権下の2001年には小三通が、馬英九政権下の2008年には両岸直行便の就航がそれぞれ実現するなどして中国とのつながりが強まるのですが、それに対抗する形で強まってきたのが「台湾らしさ」を追求する社会の動きです。

僕が初めて台湾にきた2005年ごろというと、この「台湾らしさ」は「時代遅れ」「ダサい」「誇れるものではない」などという認識を持たれていることがまだ若干多かった気がします。僕の同世代の友人でも台湾語をあえて話したがらない人が少なからずいました。ただ、統一のためには何をしでかすかわからない中国の脅威が迫る中、最近では逆にこの「台湾らしさ」が強まる一方で、かつ台湾アイデンティティの構築の上で大きな役割を果たしているようです。

閩南人と客家人、外省人などからなる漢民族のほか、原住民に新住民など多様なエスニックグループが共存する台湾ですが、現在の若者は、その共存した状態がごく自然な環境下で育った人々で、それこそ「天然独」と呼ばれる人々です。「台湾らしさ」に親しみを持つのは至極当然の流れかもしれません。

そして、中華民国政府は文化部が中心となって2002年から台湾らしさを前面に出した文化創意産業の発展に力を入れだしているわけですが、個人的な感覚としてはそれが目に見えて成果を見せだしたのが2010年以降。まさに、今の学生たちが物心をついた時期と一致します。日本で販売されている台湾のガイドブックを見ても、最近はこの「台湾らしさ」が台湾自体の魅力になり、多くの人を惹きつけています。

このような台湾が経験した変化が現在進行形で起こっているのが、香港ではないでしょうか。空港や観光名所のお土産屋さんには、従来のポストカードや妙なキーホルダー、置物のほかに、明らかに台湾に触発されたような文創グッズが並ぶようになりました。セントラルには香港の中華テイストグッズを扱う雑貨店が増えたほか、PMQや大館のように古跡をリノベーションした商業施設もオープン。自分たちの歴史や文化を見直して大切にしようとするこの感じ、台湾の変化ととてもよく似ているように感じられます。

中国返還から20年。港珠澳大橋と高鐵が相次いで開通し、マカオと珠江デルタ地帯をまとめた「大湾区」の地域発展計画の推進で中国に飲み込まれてしまう寸前ではありますが、ようやく台湾の動きに知恵を借りながら、自分たちは誰か、自分たちの文化は何かというような「香港らしさ」を考えるようになり、模索するようになってきたように見えるのです。そんな香港が愛らしくてたまりません。

 

僕よりも少し年上のお兄様やお姉様方の時代になると、中華文化や中華社会の中心的存在だった返還前の香港をご存知で、返還後の香港は「変わってしまった」とおっしゃる方もいらっしゃると思いますが、世代的にジャッキー・チェンやブルース・リーの映画を見たことがなく、四大天王の歌は聴いたことがなく、空港も赤鱲角しか使ったことがなく、返還前を知らない僕には、台湾との比較の上で、とても魅力的に感じます。

最近は広東語の勉強を始めたり、香港に関連する本も少しずつ読み始めました。何度も行っている割に、実は知らないことがとても多く、もっともっと勉強しなければならないと思うと同時に、台湾との密接なつながりも深く感じるようになりました。今では台湾社会全体が香港に対してほとんど関心を示していないのですが、香港の視点で台湾を見ると、また新たな発見が出てくるのではないかと思っています。

今後香港がどのような道を歩むのか、皆目見当もつかないわけですが、僕はこの変化のさらなる発展が楽しみです。そして、クッキーくらいしか思いつかない香港のお土産の選択肢が増えたらいいなと期待しています。

 

 

 

実は深刻な問題となっている台湾のHIVとAIDSの話

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週に一度、台北の某繁華街にある非営利団体(NPO)のサービスセンターでボランティアスタッフとして働いています。

ボランティアを始めた時期は、2013年か14年ごろだと思うのですが、台湾で暮らして10年近くが経過したころ。理由は、なんとか大学院を卒業できて就職もできたのは、たくさんの台湾の人々の協力のおかげで、なにか恩返しがしたいと思ったから。知り合いの日本人大学教授がこの団体を紹介してくれて、顔を出すようになりました。実際にやってみると、非常にやりがいのある仕事で、なんだかんだで5年以上続けています。

具体的な内容は、男性同性愛者向けの無料HIV検査と任意で有料の梅毒検査のお手伝い(異性愛者についてはHIVも有料です。その理由については後述)。採血して試験紙に垂らし、反応を見るというもので、その場で陽性か陰性かの宣告もします。また、その他の性感染症やそれらの感染予防に関する指導や問い合わせ対応も随時行っています。日本では採血が医療行為に当たるということで、ど素人はやってはいけない行為なのですが、台湾では可能です(といってもグレーゾーンらしいのですが)。

【ボランティアを通じて表面には見えない社会問題が見えた】

で、ここからが本題なのですが、台湾はHIVの感染とAIDSの発症件数が、深刻な問題となっています。参考として、2018年に日本の厚生労働省エイズ動向委員会が発表した2017年のHIV新規感染者数は824人、AIDSの新規発症者数は同じく369人(いずれも日本国籍)です。それに対して台湾なのですが、衛生福利部の疾病管制署が2019年にまとめた資料によると、2018年に報告されたHIV新規感染者数は1993人、AIDSの新規発症者数は1091人(いずれも中華民国籍)。単純に数字だけを見ても台湾の深刻さは一目瞭然ですが、総人口では日本が1億3000万人で、台湾は2300万人ということを考えると、「マジやばい」ということがお分かりいただけるのではないでしょうか。

ただ、この数も氷山の一角だと言われています。なぜならば、HIV感染者とAIDS発症者の数のうち、男性同性愛者は全体の8割以上を占めており、潜在的にはもっと多くの感染者および発症者がいると思われているからです。もちろん台湾では、大きな病院や保健所などでHIV検査が受けられるのですが、マイノリティでかつ差別の対象となる同性愛者は、たとえ医療スタッフであっても、理解のない人に偏見の目でみられることが恐怖でしかありません。実際のところ、同性婚への法整備が検討され、一見先進的に見える台湾ですが、個人レベルで見ると、理解は進んでいないのが現状です。そのため、同性愛者が気兼ねなく検査を受けられる場所が必要となり、理解のある人々で構成された男性同性愛者向けの検査サービスセンターが活用されている実情があります。なので、僕のいる団体では異性愛者と女性同性愛者は完全有料になっているんです。

ちなみに女性同性愛者が除外されているのは、彼女たちのHIV感染率は全体のわずか2%なのと、性行為を通じて感染する確率がほぼないため。これは差別というわけではなく、限りある資源を、問題がより深刻である男性同性愛者向けに投入したいという運営上の理由です。

【台湾の性に関する矛盾】

ただ、友人らの話を総合すると、台湾の教育機関で性教育が十分に実施されていない実情が、この問題をより深くしているような気がします。2018年に統一地方選挙に合わせて行われた住民投票では、性の多様性に関するテーマを含む性教育の強化に関する項目に対して過半数の反対票が投じられたことからも分かるように、現実の社会では保守派が圧倒的多数を占め、臭いものには蓋をする状況が起きています。避妊であったり、性感染症の予防などについては、見て見ぬ振りされているようなのです。

その状況下で、台湾人が性行為の参考にしてしまうのが、ネット上に広まるアダルトなビデオ。具体的な行為の内容は触れませんが、ビデオ内で行われている感染リスクの高い過激な行為に対して抵抗がないという人が少なからずいるようです。

また、台湾人自身が比較的に楽観的で、危機意識の薄い人が少なくないのも頭の痛い問題です。以前、ある男性同性愛者カップルの検査をお手伝いしたのですが、普段の性行為でコンドームを使っているかと質問すると「交際3カ月目に一度検査をして陰性だったので使っていません。彼としか行為をしていないし、お互いを信頼しているし、そもそも愛しているので、問題はありません」と答えてきました。一般的なHIV検査は抗体の有無で感染を判断します。3カ月というのは、HIVに感染してから抗体ができるまでの期間で、仮に第三者との性交渉がない場合、3カ月目で陰性ならば、検査の時点でも陰性であるはずです。

しかしながら最終的な結果は、一人が梅毒の陽性。お互いを信頼していても、愛があっても、ほとばしる性欲のためには嘘がつけることを実感した瞬間でした。

 

勿論、HIVに感染したとしても、きちんと医療期間を受診していれば、免疫システムを破壊してしまうAIDSの発症を抑えられるばかりか、非感染者とほぼ変わらない生活を送ることができるので、悲観的になる必要はないのですが、それはきちんと対処したことの話。もしないがしろにしていると、命を奪われることには変わりはありません。

台湾ではLGBTに対する理解が広まっているのは事実ですし、同性婚についても楽観的ではあるのですが、ボランティアを通じて、この問題の存在を知ることができました。きちんとした性教育が実施されて、少しでも悲しむ人が減ればいいなと思いながら、きょうもボランティアを続けています。

門出

リア充もすなるブログといふものを、非リア充もしてみむとて、するなり。それの年の弥生の二十日あまり三日の日の戌の時に、門出す。

【ごあいさつ】

という訳で、初めまして。ケネス/本村優介と申します。日本人です。

僕と同じく台北で暮らす日本人のお姐様から、ブログを始めてみてはどうかと提案され、大学院卒業以降、埃をかぶっていたMacBook Airを取り出して、久しぶりに文字を打っています。

【自己紹介】

1985年、昭和末期生まれのおっさんです。出身地は東京。「平成狸合戦ぽんぽこ」や「耳をすませば」などの舞台となり、日本最大規模のニュータウン開発が行われた郊外です。

小さい頃からアジアの地理や文化、歴史、言語に興味を持ち、「ファイナルファンタジー8」で中国人歌手フェイ・ウォンの歌を聞いてC-popとCanto-popにどハマりし、途中K-popに一時的な浮気をするも、中国語学科のある日本の大学に進学。ちょうど20歳だった2005年に通称「猫空大学」と呼ばれる某国立大学へ1年間の交換留学することとなり、台湾生活が始まりました。その後約半年間日本に一時帰国するものの、大学を卒業してすぐに台湾に戻り、それから日本で生活をしたことはありません。

台湾に戻ってからは、猫空大学の大学院で台湾史を研究。半官半民の通信社で編集を3年半務め、現在は旅行系メディアの編集をしています。

、、、ここまで詳しく書くと、少し検索すれば簡単に身バレしてしまうと思うのですが、小さい台湾ですし、インターネットの発達した時代に完全匿名を貫くのは確実に無理だと思うので、その辺りは覚悟しております。ただ、わざわざ口外するなどはご遠慮いただければ幸いです。

【内容方針】

では、何を書いていこうかということなのですが、おかげさまで、かれこれ人生の1/3を台湾で過ごし、台湾人の友人にも恵まれ、すっかり現地化しました。台湾人からも日本人からもあまり日本人扱いをされません。

これは「郷に入れば郷に従え」を僕なりに実践した結果だと思うのですが、決して良いことだと言い切るつもりはありません。ただ、だからこそ、ほかの人とは違った視点で物事を見ているのではないか、そして僕自身もそのことをしっかりと自覚する必要があるのではないかということで、台湾と日本のことを中心に日々の出来事について、自分の考えを書き綴っていきたいと思います。 

ちなみに、2019年現在、僕の中で香港ブームが続いており、一年間のうち香港滞在日数が日本滞在日数を大幅に超過する現象が起きています。香港や広東語に関することも書いていければいいなと思っています。

という訳で、長くなりましたが、今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。