介風見聞錄

台北に割と長い間暮らす非リア充の日本人。中国語はちょっと話せるレベル。最近数年は香港に恋い焦がれ、広東語学習中。

台湾で自動車免許を取りました

介風見聞録にお越しいただき、有り難うございます。介(すけ)です。

2週間に一度は更新できればいいかなと思っていたものの、気がつけば1年以上放置していました。(汗)重い腰を上げてせっかく立ち上げたブログをこのままにしておくのは良くないという妙な罪悪感に苛まれ、再びMacBookに向き合っています。

 

さて、今回のお話はタイトルの通り、「台湾で自動車免許を取得しました」というものです。

スクーターの免許は2016年に台湾で取得して、スクーター通勤をしていたのですが、元々東京生まれ東京育ち(都下ですが)で、台北暮らしという環境上、交通の便利さから、自動車の必要性をあまり感じたことがなく、僕と親しい台湾の同年代の友人らも免許を持っていない人が圧倒的に多かったので、これまで免許が欲しいという欲求がありませんでした。

とはいうものの、今年4月に台湾人2人とベトナム人1人とともに車で中部旅行をした際、運転できたのはまさかのベトナム人の友人(しかも方向音痴)だけで、4日間の行程すべての移動を彼に任せることになってしまい、非常に大きな負担をかけてしまいました。そんなことがあり、やはり遠出をするなら自分が免許を持っていた方が後々いいだろうと思い、免許の取得を目指すことになりました。

【AT限定なら16,500元】

まずは自動車学校選びですが、我らが文山区には文山駕訓班というのがあり、平日の退勤後にも間に合うし、家から近いという理由で迷わずそこに決定。グーグルさんの評価では近隣の教習所より点数が低かったのですが、結論から言うと特に嫌な思いをしたことはありませんでした。

費用は訂金という名の入学金3,000元とオートマ限定免許の代金13,500元。もっと安いところもたくさんあるようですが、毎日通うので利便性を第一に考えました。代金はこれでも高くなったとのこと。それでも日本の費用に比べたら驚くほど安上がりです。あらかじめ指定された診療所で非常に簡単な身体検査をした上で申し込みをします。1コマの授業は50分。基本は平日に毎日技能の授業が1コマあり、土曜日に学科の授業が3コマ5週間にわたって行われました。希望に応じて土日に各日3コマの技能授業をすることも可能だそうですが、追加料金がかかるみたいです。

年齢層は卒業を控えた高校生や大学生が主でしたが、僕のようなそれなりな歳の人もチラホラ。そして意外だったのは、東南アジアから出稼ぎに来ている感じの若者も数人いました。英語での技能授業も行っているそう。ちなみにカウンターのお姉さまの話だと、今の台湾はほとんどがオートマ限定で免許を取るらしく、毎回100人の生徒のうち、マニュアルを習う人は2人くらいなんだとか。あと、以前も日本人留学生の生徒がいたそうなのですが、免許を取得せずに帰国したという話も聞きました。

あ、そうそう、僕はそれなりな歳のおっさんなのですが、カウンターのお姉さま2人にとても可愛がっていただきまして、なにかと気にかけてくれてくれました。アットホームな雰囲気がすごく良かったです。

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【基本放置プレイで自由な教習】

で、 技能授業の教官は原則として固定。僕を担当してくれたのは教官歴30年のおっちゃんで、過去には軍で輸送用のトラックなどの運転指導にも当たっていたんだとか。毎日顔を合わせるので、自然と親しくなります。

教習車はヤリス。以前はマーチだったようですが、近年車種変更があったよう。そして1週間ほどして一通りの動作ができるようになると「あとは一人で頑張って」と単独でコースに放り出されます。助手席にも座りません。まさに今流行りのリモート教習。一度S字で縁石に乗り上げてしまった時はLINEで呼び出して助けてもらいました。

ここに限らず、台湾の教習所はどこも基本放任主義のようです。特に僕の教官は教習所内の雑用もこなしていて、ある時は事務室の電球を取り替えていたり、センサーの調整をしていたりとまさに自由。でも、逆にそっちの方が気が楽でした。自己流の変な癖がついてしまっていたら大変ですが、結果的にはそんなこともありませんでした。

とはいえ、見るところはしっかり見ていて、たまにふっと近づいてきては「さっきのカーブ、ハンドル切るタイミング遅すぎ。路側帯踏んだら減点だよ」とか「左右確認忘れただろ?」と指摘してきました。見られたくない時に限ってちゃんと見てたのが悔しい。ぐぬぬ……。

あと、本来土日は追加料金が必要なのですが、僕の教官は土日にも生徒がいたらしく、「来たかったらおいで。平日より生徒が少ないから練習しやすいよ」ということで、何度か追加料金なしでお世話になりました。

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教習車も基本的には固定。27番に乗ることが多かったです

台湾の教習所の敷地なのですが、後々調べてみた日本の教習所よりも非常にコンパクト。一方通行の周回ルートで、交差点はありませんでした。 あったのは、45メートルの直線道路(マニュアル車のギアチェンジ)、2車線道路(進路変更)、車庫入れ、縦列駐車、S字カーブ、坂道発進、踏切といったところ。交差点での優先判断やクランクもなし。日本と違うのはS字で、前進したのち、バックで出てこなきゃいけないという点でしょうか。

路側帯の外側にはゴムセンサーが敷かれていて、これを踏んでしまうと「パオパオパオ」とけたたましくサイレンが鳴り響き、減点を知らせてきます。これ、本当に心臓に悪かった……。

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憎きセンサーを踏むとここからサイレンが鳴ります

学科の方はというと、教習所の教官が自動車の仕組みや交通規則を教える回があったり、外部から招いた専門家から事故の対処の仕方などを教えてくれる回がありました。日本では救護訓練の一環で心臓マッサージの仕方やAEDの使い方を教わるそうですが、ありませんでした。「あなたは心臓マッサージをお願いします。あなたは救急車を呼んでください。あなたは交通誘導をお願いします」とかやりたかったんですがね……。

【路上教習は1回20分のコースを6回走っただけ】

さて、台湾は長い間、教習所内で行われる教習を受け、そこで行われる検定試験で合格すれば免許が取得できました。つまるところ、日本でいう仮免試験が本試験だったという訳です。台湾の素晴らしい交通事情を知っている方なら「なるほど、それでか」と色々と合点がいくはずです。ただ、さすがにそれではやばいと気づいたかどうかはわかりませんが、2017年から従来の方式にプラスする形で路上教習と試験が行われるようになりました。

ただ、路上教習に進むための仮免試験は特段なく、教習所内での規定の授業時間を修了し、教官が「大丈夫そうだ」と思った日から敷地外へと繰り出します。この時ばかりは教官も助手席に着席。わかっていたことですが、縦横無尽に走るスクーターをかわしながら走るのはまさに恐怖。基本的に練習で走るコースがそのまま検定のコースになるので、ポイントをチェックしながら走ったのですが、実際にはたった6回、計120分走っただけで検定試験へと挑むことになりました。正直なところ、不安で仕方なかったのですが、教官曰く「大丈夫大丈夫、路上試験は余程のことをしなきゃ落ちないから」ということで不安をぬぐいきれないまま試験日となりました。

【ついに来た学科試験】

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貸切バスにドナドナされて行きました。ここに来るのはスクーターの免許取得以来

試験は学科と実技があります。学科は同期の生徒みんなそろって士林にある免許センターに赴いて団体受験します。試験日は平日の午前。学校や会社がある人は休みを取らなければいけません。僕も有給を取得しました。

試験内容は道交法や自動車の仕組み、運転技術に関するもので、パソコンを使った選択式。問題は入学時に教習所から渡された冊子に一覧が掲載されていたほか、免許センターのウェブサイトからでも閲覧できます。内容さえ覚えてしまえば、それほど苦ではありません。とはいえ、中国語読解力が乏しい僕は、問題に一通り目を通すだけでも一苦労。試験日1週間前から冊子を読み始め、5日かかってやっと読み終わりました。

安心設計なのは、教習所や免許センターのウェブサイト、携帯アプリで模試が受験できること。週末を利用してやりこんでいたら毎回90点台を叩き出せるようになり、そのおかげか本番では過去最高の100点を獲得!中国語の試験でもこんないい点数は出したことがなかったので、いい気分でございました。やったよお母さん!(謎)

そうそう、免許センターでは日本語でも試験が受けられます。実際に一度模擬試験を受けてみたのですが、やはり台湾の道交法を理解している必要があるのと、試験内容の一覧は中国語しかないようなので、何も知らない状態で突然試験を受けても合格するかどうかは未知数です。

勉強していて気付いた日本と台湾の違った点は、高(快)速道路の走り方。「高、快速公路之內側車道為超車道。但小型車於不堵塞行車之狀況下,得以該路段容許之最高速限行駛於內車車道」とあり「高(快)速道路の内側車線は追い越し車線であるが、小型車は渋滞が起きていない状況下では速度制限を守った上で内側車線を走ってよい」と書かれていたんです。追い越しが完了したらすぐに走行車線に戻らないといけない日本とは違うんですね。

【ドッキドキの技能試験】 

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学科試験に合格できたので、実技の検定試験に進むことができました。仮に学科試験が不合格になると、技能試験は受けられず、約半月後に再試験となるみたいです。学科試験の後に教習所に戻って試験となる生徒もいましたが、僕の場合は翌日の試験となりました。

免許センターから招かれた試験監督は、まぁ、その、無愛想。いや、それだけ公正公平ではありますが。でも、教習所内であれ、路上であれ、基本的には普段の教習ルートと同じコースを走るので、特段難しいというわけではありませんでした。ただ、やはり緊張しますよね。特に乗車前や出発前の確認作業は忘れがちで発進前の脱落者が続出。実感としては15人に1人は不合格になっていた感じがします。

僕はというと、自信がなかったものの教習所内で90点台、路上で80点台とごくごく普通の成績で無事一発合格。晴れて免許証を手にしました。

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香港に恋い焦がれるきょうこの頃

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タイトルの通り、ここ数年、香港に恋い焦がれ、年に3〜4回訪港を繰り返しています。基本的には金曜日と月曜日に有休を取って、3泊4日の小旅行をするのですが、たまに日本や東南アジアに行く際も、わざわざ香港でトランジットをして、往路か復路に香港で1泊するということをやっています。台北から日本へ行く際にもわざわざ香港を経由するという行為に台湾の友人はおろか、香港の友人にも白眼を剥かれる始末なのですが、楽しくて仕方ありません。

【香港は「今」が楽しい】

なぜ僕が香港に強い興味を持つのか。もともと中国語を学び始めるきっかけが、香港を中心に活動していた中国人歌手、フェイ・ウォンだったことは以前お話ししているのですが、最近の香港ブームの理由はちょっと違います。じゃあなんなのかというと、最近、香港人の香港に対する思いが以前とは変わり、郷土愛が深まっているような印象を受けるからです。

具体的な時期でいうと、台湾の誠品書店が銅羅湾に進出(2012年)したり、雨傘革命が起きた(2014年)ころ。ちょうど中国からの観光客により、香港の小売店などでは紙おむつや粉ミルクが買い占められて品薄となり、社会問題になっていた時期と重なります。個人的な感覚なのですが、返還前には50年間変わることがないと言っていた一国二制度がじわりじわりと中国に有利な方向へ動き出す一方で、香港の人々が「香港らしさ」を打ち出して、中国や台湾とは違う香港アイデンティティを創り出そうとする雰囲気が感じられるようになりました。

僕が初めて訪港したのは中国返還から9年が経過した2006年なのですが、その時に見た、香港に暮らす人や社会が中国返還という時代の流れに必死でついていこうとする姿と明確に違っているのです。

【 台湾をお手本に躍進する「香港らしさ」】

実は、このような変化は香港よりも前に、台湾で見ていた記憶があります。蒋経国総統の時代まで中国との関係は「不接觸、不談判、不妥協」(接触せず、交渉せず、妥協せず)」「三不政策」を貫いていました。ただ、李登輝政権時代になると民主化と経済発展を受け、中国の存在を見過ごすわけにもいかず、少しずつ交流が始まります。陳水扁政権下の2001年には小三通が、馬英九政権下の2008年には両岸直行便の就航がそれぞれ実現するなどして中国とのつながりが強まるのですが、それに対抗する形で強まってきたのが「台湾らしさ」を追求する社会の動きです。

僕が初めて台湾にきた2005年ごろというと、この「台湾らしさ」は「時代遅れ」「ダサい」「誇れるものではない」などという認識を持たれていることがまだ若干多かった気がします。僕の同世代の友人でも台湾語をあえて話したがらない人が少なからずいました。ただ、統一のためには何をしでかすかわからない中国の脅威が迫る中、最近では逆にこの「台湾らしさ」が強まる一方で、かつ台湾アイデンティティの構築の上で大きな役割を果たしているようです。

閩南人と客家人、外省人などからなる漢民族のほか、原住民に新住民など多様なエスニックグループが共存する台湾ですが、現在の若者は、その共存した状態がごく自然な環境下で育った人々で、それこそ「天然独」と呼ばれる人々です。「台湾らしさ」に親しみを持つのは至極当然の流れかもしれません。

そして、中華民国政府は文化部が中心となって2002年から台湾らしさを前面に出した文化創意産業の発展に力を入れだしているわけですが、個人的な感覚としてはそれが目に見えて成果を見せだしたのが2010年以降。まさに、今の学生たちが物心をついた時期と一致します。日本で販売されている台湾のガイドブックを見ても、最近はこの「台湾らしさ」が台湾自体の魅力になり、多くの人を惹きつけています。

このような台湾が経験した変化が現在進行形で起こっているのが、香港ではないでしょうか。空港や観光名所のお土産屋さんには、従来のポストカードや妙なキーホルダー、置物のほかに、明らかに台湾に触発されたような文創グッズが並ぶようになりました。セントラルには香港の中華テイストグッズを扱う雑貨店が増えたほか、PMQや大館のように古跡をリノベーションした商業施設もオープン。自分たちの歴史や文化を見直して大切にしようとするこの感じ、台湾の変化ととてもよく似ているように感じられます。

中国返還から20年。港珠澳大橋と高鐵が相次いで開通し、マカオと珠江デルタ地帯をまとめた「大湾区」の地域発展計画の推進で中国に飲み込まれてしまう寸前ではありますが、ようやく台湾の動きに知恵を借りながら、自分たちは誰か、自分たちの文化は何かというような「香港らしさ」を考えるようになり、模索するようになってきたように見えるのです。そんな香港が愛らしくてたまりません。

 

僕よりも少し年上のお兄様やお姉様方の時代になると、中華文化や中華社会の中心的存在だった返還前の香港をご存知で、返還後の香港は「変わってしまった」とおっしゃる方もいらっしゃると思いますが、世代的にジャッキー・チェンやブルース・リーの映画を見たことがなく、四大天王の歌は聴いたことがなく、空港も赤鱲角しか使ったことがなく、返還前を知らない僕には、台湾との比較の上で、とても魅力的に感じます。

最近は広東語の勉強を始めたり、香港に関連する本も少しずつ読み始めました。何度も行っている割に、実は知らないことがとても多く、もっともっと勉強しなければならないと思うと同時に、台湾との密接なつながりも深く感じるようになりました。今では台湾社会全体が香港に対してほとんど関心を示していないのですが、香港の視点で台湾を見ると、また新たな発見が出てくるのではないかと思っています。

今後香港がどのような道を歩むのか、皆目見当もつかないわけですが、僕はこの変化のさらなる発展が楽しみです。そして、クッキーくらいしか思いつかない香港のお土産の選択肢が増えたらいいなと期待しています。

 

 

 

実は深刻な問題となっている台湾のHIVとAIDSの話

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週に一度、台北の某繁華街にある非営利団体(NPO)のサービスセンターでボランティアスタッフとして働いています。

ボランティアを始めた時期は、2013年か14年ごろだと思うのですが、台湾で暮らして10年近くが経過したころ。理由は、なんとか大学院を卒業できて就職もできたのは、たくさんの台湾の人々の協力のおかげで、なにか恩返しがしたいと思ったから。知り合いの日本人大学教授がこの団体を紹介してくれて、顔を出すようになりました。実際にやってみると、非常にやりがいのある仕事で、なんだかんだで5年以上続けています。

具体的な内容は、男性同性愛者向けの無料HIV検査と任意で有料の梅毒検査のお手伝い(異性愛者についてはHIVも有料です。その理由については後述)。採血して試験紙に垂らし、反応を見るというもので、その場で陽性か陰性かの宣告もします。また、その他の性感染症やそれらの感染予防に関する指導や問い合わせ対応も随時行っています。日本では採血が医療行為に当たるということで、ど素人はやってはいけない行為なのですが、台湾では可能です(といってもグレーゾーンらしいのですが)。

【ボランティアを通じて表面には見えない社会問題が見えた】

で、ここからが本題なのですが、台湾はHIVの感染とAIDSの発症件数が、深刻な問題となっています。参考として、2018年に日本の厚生労働省エイズ動向委員会が発表した2017年のHIV新規感染者数は824人、AIDSの新規発症者数は同じく369人(いずれも日本国籍)です。それに対して台湾なのですが、衛生福利部の疾病管制署が2019年にまとめた資料によると、2018年に報告されたHIV新規感染者数は1993人、AIDSの新規発症者数は1091人(いずれも中華民国籍)。単純に数字だけを見ても台湾の深刻さは一目瞭然ですが、総人口では日本が1億3000万人で、台湾は2300万人ということを考えると、「マジやばい」ということがお分かりいただけるのではないでしょうか。

ただ、この数も氷山の一角だと言われています。なぜならば、HIV感染者とAIDS発症者の数のうち、男性同性愛者は全体の8割以上を占めており、潜在的にはもっと多くの感染者および発症者がいると思われているからです。もちろん台湾では、大きな病院や保健所などでHIV検査が受けられるのですが、マイノリティでかつ差別の対象となる同性愛者は、たとえ医療スタッフであっても、理解のない人に偏見の目でみられることが恐怖でしかありません。実際のところ、同性婚への法整備が検討され、一見先進的に見える台湾ですが、個人レベルで見ると、理解は進んでいないのが現状です。そのため、同性愛者が気兼ねなく検査を受けられる場所が必要となり、理解のある人々で構成された男性同性愛者向けの検査サービスセンターが活用されている実情があります。なので、僕のいる団体では異性愛者と女性同性愛者は完全有料になっているんです。

ちなみに女性同性愛者が除外されているのは、彼女たちのHIV感染率は全体のわずか2%なのと、性行為を通じて感染する確率がほぼないため。これは差別というわけではなく、限りある資源を、問題がより深刻である男性同性愛者向けに投入したいという運営上の理由です。

【台湾の性に関する矛盾】

ただ、友人らの話を総合すると、台湾の教育機関で性教育が十分に実施されていない実情が、この問題をより深くしているような気がします。2018年に統一地方選挙に合わせて行われた住民投票では、性の多様性に関するテーマを含む性教育の強化に関する項目に対して過半数の反対票が投じられたことからも分かるように、現実の社会では保守派が圧倒的多数を占め、臭いものには蓋をする状況が起きています。避妊であったり、性感染症の予防などについては、見て見ぬ振りされているようなのです。

その状況下で、台湾人が性行為の参考にしてしまうのが、ネット上に広まるアダルトなビデオ。具体的な行為の内容は触れませんが、ビデオ内で行われている感染リスクの高い過激な行為に対して抵抗がないという人が少なからずいるようです。

また、台湾人自身が比較的に楽観的で、危機意識の薄い人が少なくないのも頭の痛い問題です。以前、ある男性同性愛者カップルの検査をお手伝いしたのですが、普段の性行為でコンドームを使っているかと質問すると「交際3カ月目に一度検査をして陰性だったので使っていません。彼としか行為をしていないし、お互いを信頼しているし、そもそも愛しているので、問題はありません」と答えてきました。一般的なHIV検査は抗体の有無で感染を判断します。3カ月というのは、HIVに感染してから抗体ができるまでの期間で、仮に第三者との性交渉がない場合、3カ月目で陰性ならば、検査の時点でも陰性であるはずです。

しかしながら最終的な結果は、一人が梅毒の陽性。お互いを信頼していても、愛があっても、ほとばしる性欲のためには嘘がつけることを実感した瞬間でした。

 

勿論、HIVに感染したとしても、きちんと医療期間を受診していれば、免疫システムを破壊してしまうAIDSの発症を抑えられるばかりか、非感染者とほぼ変わらない生活を送ることができるので、悲観的になる必要はないのですが、それはきちんと対処したことの話。もしないがしろにしていると、命を奪われることには変わりはありません。

台湾ではLGBTに対する理解が広まっているのは事実ですし、同性婚についても楽観的ではあるのですが、ボランティアを通じて、この問題の存在を知ることができました。きちんとした性教育が実施されて、少しでも悲しむ人が減ればいいなと思いながら、きょうもボランティアを続けています。

門出

リア充もすなるブログといふものを、非リア充もしてみむとて、するなり。それの年の弥生の二十日あまり三日の日の戌の時に、門出す。

【ごあいさつ】

という訳で、初めまして。介(すけ)と申します。日本人です。

僕と同じく台北で暮らす日本人のお姐様から、ブログを始めてみてはどうかと提案され、大学院卒業以降、埃をかぶっていたMacBook Airを取り出して、久しぶりに文字を打っています。

【自己紹介】

1985年、昭和末期生まれのおっさんです。出身地は東京。「平成狸合戦ぽんぽこ」や「耳をすませば」などの舞台となり、日本最大規模のニュータウン開発が行われた郊外です。

小さい頃からアジアの地理や文化、歴史、言語に興味を持ち、「ファイナルファンタジー8」で中国人歌手フェイ・ウォンの歌を聞いてC-popとCanto-popにどハマりし、途中K-popに一時的な浮気をするも、中国語学科のある日本の大学に進学。ちょうど20歳だった2005年に通称「猫空大学」と呼ばれる某国立大学へ1年間の交換留学することとなり、台湾生活が始まりました。その後約半年間日本に一時帰国するものの、大学を卒業してすぐに台湾に戻り、それから日本で生活をしたことはありません。

台湾に戻ってからは、猫空大学の大学院で台湾史を研究。半官半民の通信社で編集を3年半務め、現在は旅行系メディアの編集をしています。

、、、ここまで詳しく書くと、少し検索すれば簡単に身バレしてしまうと思うのですが、小さい台湾ですし、インターネットの発達した時代に完全匿名を貫くのは確実に無理だと思うので、その辺りは覚悟しております。ただ、わざわざ口外するなどはご遠慮いただければ幸いです。

【内容方針】

では、何を書いていこうかということなのですが、おかげさまで、かれこれ人生の1/3を台湾で過ごし、台湾人の友人にも恵まれ、すっかり現地化しました。台湾人からも日本人からもあまり日本人扱いをされません。

これは「郷に入れば郷に従え」を僕なりに実践した結果だと思うのですが、決して良いことだと言い切るつもりはありません。ただ、だからこそ、ほかの人とは違った視点で物事を見ているのではないか、そして僕自身もそのことをしっかりと自覚する必要があるのではないかということで、台湾と日本のことを中心に日々の出来事について、自分の考えを書き綴っていきたいと思います。 

ちなみに、2019年現在、僕の中で香港ブームが続いており、一年間のうち香港滞在日数が日本滞在日数を大幅に超過する現象が起きています。香港や広東語に関することも書いていければいいなと思っています。

という訳で、長くなりましたが、今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。